熊本地方裁判所 昭和29年(行)10号 判決
原告 後藤穂積
被告 白水村長
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は「被告が昭和二十八年十二月二十八日附原告に対し為した免職処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として「原告は昭和二十五年五月八日白水村吏員に採用せられ爾来税務係として村民よりの税金徴収事務に携つていた者であるが、被告は同二十八年七月十一日原告に対し辞職を勧告すると共に出勤の停止を命じた。而して被告が原告に対し右のような処置を採つた理由として原告が就職以来出勤常ならざること、担任事務の執行不熱心にして実績挙らざることの二点が挙示されているのであるが、原告は就職以来熱心に担当事務に精励し出勤簿並びに日誌によつて常にその出勤を明かにして居り一箇年の試用期間の成績良好なることを認められて吏員に任命せられたもので三年余の在任期間に徴収した税額は総計百四十五万五千円余に及び十分の実績を挙げているのであつて何ら右の如き処分を受くべき事由は存しない。よつて原告は直ちに阿蘇郡共同公平委員会に同処分に対する審査を請求したところ同委員会は単に離職の勧告を受けただけの現段階ではいまだ審査の対象となるべき不利益処分は存しないとの理由により原告の審査請求を却下したので、すでに出勤を停止せられ職場を奪われた原告としては一旦辞表を提出して審査を受け得る体制を整えた上で改めて同委員会の審査を受ける以外被告の処分を争う方法がなくなり、止むを得ず昭和二十八年十二月二十八日辞表を提出して即日被告より依願免職の処分を受けると共に同委員会に対し更に前記不利益処分に対する審査を請求してその取消の決定を待つている。然るにこれに対する審査手続は諸種政治的理由により停頓しているのであるが原告は戦後家族と共に満洲より引揚げ何ら資産を有せず吏員としての給与を唯一の収入源として七名の家族と共に生活していたのに今又被告の処分により失職状態のまゝ放置せられているのであつて、もともと原告がその勤務振りに関して辞職を求められるような筋合は毛頭なく辞表を提出したのも公平委員会の審査を受けるための方便に過ぎず辞職の真意に出でたものではないからその受理により被告の為した前記処分は不当であつて到底その取消を免れない。よつて同処分の取消を求めるため本訴請求に及んだ」旨陳述し、被告の答弁に対し「原告が村民から徴収した税金を直ちに収入役に納入せず一時個人の用途に流用費消したこと及びその流用額が原告の辞表提出当時金二万九千七百八十円であつたことはこれを認めるが、それというのも原告が特に差別的に他の吏員よりも低い給料に甘んぜしめられていたため収入役の了解を受けて一時使用させて貰つたに過ぎず且つすでに全額収入役迄納入して解決済であるから今更右事実を云為して原告に対する辞職勧告を正当化する理由とは為し得ない」と述べた。
被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として「原告の主張事実は原告が職務に熱心で良好な成績を挙げていたとの点、その辞表の提出が辞職の真意に基くものでないとの点及び原告の審査請求に対する決定が政治的理由により延引しているとの点を否認する外その余はすべて認める。原告は当初約一年間の臨時採用期間を経過して正規吏員に採用せられて以来勤務状態並びに徴税成績が頓に悪化し外勤を名として出勤簿に押印することもなく上司に対しても行先勤務状況等を連絡することすらせずその行状は放恣を極め被告の再三の注意にも服せずために被告は村議会からも原告を懲戒処分に附すべき旨の要請を受けていたのであるが偶々村収入役が未納税金整理のため滞納者に対し督促状を発したことから既に原告が一部納税者より税金を徴収して居りながらこれを収入役に納付することなく流用費消している事実が判明するに至つたので表向きこれを理由とすることはしなかつたが直ちに原告に対し自発的に退職すべきことを勧告したところ結局原告はその主張の日に任意辞表を提出して退職するに至つたもので、原告の流用した税額はその退職を発令した昭和二十八年十二月二十八日現在においてなお二万九千七百八十円に及んでいるけれども被告としては専ら原告の将来に対する顧慮から右事実を公にすることを避け原告の自発的退職を求め、依願退職として処置したのであつて本件免職処分には何ら原告主張の如き違法の点はない」と述べた。(証拠省略)
三、理 由
原告が昭和二十五年五月八日阿蘇郡白水村吏員に採用せられ税務係として徴収事務を担当していたもので同二十八年七月十一日被告より就職以来出勤常ならざること担任事務の執行不熱心にして実績挙らざることの二点を理由として辞職を勧告せられると共に出勤停止を命ぜられこれを不当として同郡共同公平委員会に審査を申立てたが離職勧告の段階では審査の対象となる不利益処分は存しないとの理由によりこれを却下せられたこと及び同年十二月二十八日に至つて辞表を提出し即日被告により依願退職の処分が為されたこと其の後更に同委員会に審査を申立てていることは当事者間に争がない。
原告は右辞表の提出は辞職の真意に基くものではないからこれに対し為した被告の免職処分は違法であると主張するので按ずるに原告が被告に対し辞表を提出した前後二回に亘り阿蘇郡共同公平委員会に対し審査請求をしたことは当事者間に争ないが、さればと言つて右辞表の提出が公平委員会の審査を求めるための便法であつて原告の真意に基かないものと認むべき証拠は無いのみならず、仮に右辞表の提出が全く原告の真意に基かないものであつたとしても苟も国又は地方公共団体と其の吏員との身分干係に消長を生ずる公法上の意思表示は其が表意者の真意でなかつたとしても、其の表示せられたところが即ち法律上有効な意思であると為すべく之に対し表意者は其が真実の意思で無かつたことを主張し得ないことは勿論で原告の右主張は其れ自体、理由のないことは明かであるばかりでなく却つて証人岡村真同大塚喜平の証言並びに被告本人訊問の結果を綜合すれば原告は昭和二十五年五月八日村書記補に採用せられたがもともと性格的に他人との協力に欠ける点があり被告の配慮で外勤を主とする税務係として徴収事務を担当して当初相当の成績を挙げ翌二十六年四月正規の事務吏員に採用せられた後も引続き徴税事務に携つて来たのであるが其の頃から外勤に名を借り役場には一週間に一、二回徴収した税金を届ける程度で如何に他の係の事務が繁忙であつてもこれに手助けをするということがなく当然勤務に服すべき平日の午後などよく自宅にあつて耕作等に従事することがあるという風で全く気侭な態度を示し、村民の評判も悪く村会においても問題とせられ被告に対し原告の懲戒方の申入れがあつた程で被告からも再三注意を受けながらその勤務振りには改善の跡が見られず、昭和二十八年六月二十六日の大水害時にも被害の大きかつた同村においては村吏員全員が役場に詰切りでその復旧事業に従事したのに当時原告のみが一日も出勤せず職務を抛擲して自家の耕地の整理にのみ没頭していたうえにその直前頃全吏員を動員して行われた滞納税金整理の際村収入役の発した滞納者に対する督促状につき既に税金は原告に交付している旨を申出る者があつて原告が村民から徴収した税金を収入役に納付せずこれを流用費消している事実が明かになつたので遂に被告としても放置することができず原告に対し事情を論じて本件退職勧告を為すに至つたものであること、原告はその後辞表を提出するに至るまでその提出につき他より強制を受けるというが如きことのなかつたことはもとより爾来事実上全く出勤することがなかつたにも拘らずその間の給料全額の支給を受けていたものであり、一方私用に費消した税額二万九千七百八十円もいまだ弁償を済ませていないことを認めることができる。
果して然らばかゝる行状のあつた原告に対し分限処分を為すに代えて被告のなした辞職勧告は当然の措置であつて原告より辞表を徴して依願退職によりその職を免じた被告の処分には何ら原告主張の如き違法の点は存しないものと謂うべきである。
よつて被告に対し同処分の取消を求める原告の本訴請求は理由のないことが明かであるから失当としてこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 浦野憲雄 下門祥人 蓑田速夫)